体調のこととか、思い出とか
そして当日。午前9時半ごろ、市役所土木総務課のSさん(名刺をもらう)と、もう一人若い男性職員がやってきた。
正直「え?二人も来たの?」と驚いた。
しかも、てっきり玄関先で資料を見せてもらいながら説明を受けるだけかと思ったら、家に入るまでもなく、すぐに赤道のところへ行くことに。
その時間は隣の畑のおっさん(うるさい爺)もいなかったのでよかった。
(いたらまた口出しされて厄介なことになっていたに違いない)
そうして、Sさんたちは巻き尺で20年前の測量時の図面をもとに、うちの「離れ」の軒下のコンクリの角から距離を測って、「(道幅は両側の住人の許可が得られず問題が残っているが)距離としては、大体このあたりから『赤道』で、反対側はお宅の敷地となっていますね」と教えてくれて、ついでに赤スプレーでちょこっと印をつけてくれた。(また消えそうな気はするが一応)
つまり、これらの説明でわかったことがいくつかあった。
1)問題だと思っていた取れていた鋲は、実はあまり関係がなかったこと。
おそらく赤道に埋める水道工事の際に測量で打ったものではないか。
2)20年前の平成8年の測量時には、まだ赤道は砂利だった。(舗装されていなかった)
よって、やはり赤道が舗装されたのは水道工事の時のことだと再確認。
うちの庭の舗装工事は父のメモで平成10年のことだから、やはり測量の後。
3)なので、鋲があるところが「赤道」との境あたりかと思っていたら、20年前の測量時では境は全く違って、もっと前(というか南寄り)のほうだったという事実。
もう母もはっきり覚えてないんだよねえ。
(つまりアレは赤道に打った「鋲」ではなく、うちの敷地内に打ったものだったらしい)
2)20年前の測量時はもちろん周辺の家の立ち合いはしていたが・・・
当時、赤道の「幅」のことでいろいろあったようだ。
先ほども書いたけど、資料の幅より実際の幅が狭かったことから、両側の家がクレーム。
(そりゃ今更、石垣や塀や建てた家を移動できないよな。「昔からここに建っていた」と言えば)
なので、本来は測量の時に赤道の「真ん中」と「両幅」に杭を打つつもりだったが、測量翌日に(資料によれば)Oさんが「杭を抜いてくれ」と県か市役所に言ってきたので、現在杭が残っていないのだと。
つまり印がないということ。
だから私も知らなかったんだな。母は記憶も曖昧で勘違いしていたし。
そして昔は境界の立ち合いといえば、「立ち合って杭を打って終わり」だったが、今は図面を書いて、立会人たちの印鑑をもらうようになっている。だから、そういう意味では確定はしていないとのこと。(なんて厄介な(>_<))
3)しかし、「確定はしていない」とはいうものの、20年前の立ち合いと測量の資料は残っているので、何か問題があったらそれが証拠になるという。
電話では「情報公開請求でコピーを取ることができる」との話を聞いたが、別にコピーを取らなくても、閲覧だけなら無料だし、この資料は「永久保存」なので、何か問題があったら「それを見てくれ」と言えばいいし、こちらも説明すると。
まあ、うちとしては赤道の「幅」のことは仕方がないとして、どっちかというと、「どこまでが赤道か」というのが問題なわけで。
Sさんが言ったように、2年前のトラブルの時に一応、法務局の図も、市民センターに保管されている原本の公図も確認したんだけどね。
ただ、問題は例の言いがかりをつけてきたクソオヤジ夫婦らは、2年前「そういう(法的な)問題じゃない。つきあいの問題だ!」などと言っていたんだよねえ。・・・とSさんらに告げれば、やはり呆れたようで「そんなことを言ったら、どうしようもないですね」だって。
そりゃそうだよね、法律的なことを無視して自分がうちの土地を利用したいがために「ごり押し」しているだけなんだから。
しかも、父が(死んで)いなくなったのをいいことに好き勝手言ってさ。
絶対あの夫婦、一人じゃ行動できないくせにホントに腹が立つ。
早く代替わりしろよ!と言いたくなる。
4)・・・で、もう1つ気づいたこと。
それは20年前の図面を元に、赤道の入口の距離を測ってもらった時、元になる起点の1つがうちの離れの軒下のコンクリの角だったことだ。
つまり、もし今後「離れ」の家が壊れても、あそこのコンクリだけは決して崩してはいけないなと、固く心に刻んだ。
しかし、ちょっとヤバかったのは、ちょうど職員さんらと周囲の話をしていた時に
「このへんの人、うるさいから知られたくないんですよ」と小声でしゃべっていたのだけど、気が付くと隣の畑にK婆が潜んでいたので、内心「げっ!」
あれもうるさい婆なんだよなあ(初登場)また言いふらされるかもと心配になった。
なにせわざわざうちの近所トラブル相手の夫婦に告げ口をするというスパイみたいな婆なんだよね。
なので、注意すべき婆の一人。
まあ、別にこっちも悪いことしてるわけじゃないけども、なんか監視されているみたいだからイヤだ。
全く周りに面倒な人ばかりいて困るわ。ちょっと変化があると、すぐに何か言ってくるから超ウザイ。
まあ、田舎はそういうもんかもしれないけど、これが助け合いのことならいいけど、足の引っ張り合いだとウンザリ(-_-;)
・・・・・・・・・・
ちなみに、今回やってきたこの土木総務課のSさん、驚くことに実は20年前のここの測量時にもいたんだそうで。
実際は当時は赤道は県の管轄だったし、たくさんの案件があるから当時のことも詳しくは覚えていなかっただろうけど、市役所から立ち合いの一人として出たらしい。
それをSさんの口から聞いて「やっぱりかー」って思った。
というのも、実は亡き父の簡素な「赤道に関するメモ」に書いてあった市役所職員の名前がSさんだったから。
電話をもらった時に姓を聞いて「まさか同じ人じゃないよなあ?」と思っていたら、本当にその「まさか」だったのはびっくりだ。
Sさんは20年前にも土木課で、その後あちこち部署を異動していて、また今20年後に土木に戻ってきたそうで、なんてタイミングがいいんだろうって思った。
それを告げたら、もう一人の職員さんも驚いていたみたい。
(大体「20年前」って言っても、当時はうちも両親が立ち会っていたし、私はたぶん仕事中で何も知らされてなかったんだよね)
そのよしみか、Sさんは「また(ここの赤道のことで)問題があったら、僕に相談してください」って言ってくれて、(まずそんなことのないようには祈るけど)、そう言っていただいたので少し心強く思った。
ありがとうございます<(_ _)>
そのSさんは帰り際、赤道付近のうちの入口の幅が広いのに目を留めて「ここ昔は車が入ってたんですか?」と聞いたので、さすがと思いつつ「はい」と頷いた。
「昔の軽トラックや軽自動車は小型だったから、ギリギリ赤道も通れて、庭まで車が入って来れたんです」
「今は車はどちらに?」と問われて、
「父が亡くなる前に、ちょうど裏の家の相続があって、その時父が頼んで土地を買って、そこへ置いています。だから、父の『置き土産』なんです(T_T)」と答えた。
そうなのだ。こんな厄介な「元々」袋地で、隣人も厄介な人が多いけど
亡き父がずっと頑張って守ってきた家だから、なかなか簡単には手放せない。
それに、裏の土地の代償も大きかったしね。(それはまた別の話)
しかし、一方で「こんな小さな土地のことで何を争ってるんだか」と客観的に見る自分もいる。
きっとお互いの利害と意地と想いがあるから、どこでもトラブルは起きるんだね。
そんなわけで、今回たまたま母の散歩に付き添って鋲の先を発見し、仕方なく市役所へ問い合わせたことにより、思いがけず赤道のちゃんとした境や、今まで知らなかった20年前の測量時のことがわかったのは本当によかったと思う。
20年前と同じ職員さんにも当たったし。
情報を得るということは武器になる。
これはきっとグッドタイミングだったのだろうなと思った。
正直「え?二人も来たの?」と驚いた。
しかも、てっきり玄関先で資料を見せてもらいながら説明を受けるだけかと思ったら、家に入るまでもなく、すぐに赤道のところへ行くことに。
その時間は隣の畑のおっさん(うるさい爺)もいなかったのでよかった。
(いたらまた口出しされて厄介なことになっていたに違いない)
そうして、Sさんたちは巻き尺で20年前の測量時の図面をもとに、うちの「離れ」の軒下のコンクリの角から距離を測って、「(道幅は両側の住人の許可が得られず問題が残っているが)距離としては、大体このあたりから『赤道』で、反対側はお宅の敷地となっていますね」と教えてくれて、ついでに赤スプレーでちょこっと印をつけてくれた。(また消えそうな気はするが一応)
つまり、これらの説明でわかったことがいくつかあった。
1)問題だと思っていた取れていた鋲は、実はあまり関係がなかったこと。
おそらく赤道に埋める水道工事の際に測量で打ったものではないか。
2)20年前の平成8年の測量時には、まだ赤道は砂利だった。(舗装されていなかった)
よって、やはり赤道が舗装されたのは水道工事の時のことだと再確認。
うちの庭の舗装工事は父のメモで平成10年のことだから、やはり測量の後。
3)なので、鋲があるところが「赤道」との境あたりかと思っていたら、20年前の測量時では境は全く違って、もっと前(というか南寄り)のほうだったという事実。
もう母もはっきり覚えてないんだよねえ。
(つまりアレは赤道に打った「鋲」ではなく、うちの敷地内に打ったものだったらしい)
2)20年前の測量時はもちろん周辺の家の立ち合いはしていたが・・・
当時、赤道の「幅」のことでいろいろあったようだ。
先ほども書いたけど、資料の幅より実際の幅が狭かったことから、両側の家がクレーム。
(そりゃ今更、石垣や塀や建てた家を移動できないよな。「昔からここに建っていた」と言えば)
なので、本来は測量の時に赤道の「真ん中」と「両幅」に杭を打つつもりだったが、測量翌日に(資料によれば)Oさんが「杭を抜いてくれ」と県か市役所に言ってきたので、現在杭が残っていないのだと。
つまり印がないということ。
だから私も知らなかったんだな。母は記憶も曖昧で勘違いしていたし。
そして昔は境界の立ち合いといえば、「立ち合って杭を打って終わり」だったが、今は図面を書いて、立会人たちの印鑑をもらうようになっている。だから、そういう意味では確定はしていないとのこと。(なんて厄介な(>_<))
3)しかし、「確定はしていない」とはいうものの、20年前の立ち合いと測量の資料は残っているので、何か問題があったらそれが証拠になるという。
電話では「情報公開請求でコピーを取ることができる」との話を聞いたが、別にコピーを取らなくても、閲覧だけなら無料だし、この資料は「永久保存」なので、何か問題があったら「それを見てくれ」と言えばいいし、こちらも説明すると。
まあ、うちとしては赤道の「幅」のことは仕方がないとして、どっちかというと、「どこまでが赤道か」というのが問題なわけで。
Sさんが言ったように、2年前のトラブルの時に一応、法務局の図も、市民センターに保管されている原本の公図も確認したんだけどね。
ただ、問題は例の言いがかりをつけてきたクソオヤジ夫婦らは、2年前「そういう(法的な)問題じゃない。つきあいの問題だ!」などと言っていたんだよねえ。・・・とSさんらに告げれば、やはり呆れたようで「そんなことを言ったら、どうしようもないですね」だって。
そりゃそうだよね、法律的なことを無視して自分がうちの土地を利用したいがために「ごり押し」しているだけなんだから。
しかも、父が(死んで)いなくなったのをいいことに好き勝手言ってさ。
絶対あの夫婦、一人じゃ行動できないくせにホントに腹が立つ。
早く代替わりしろよ!と言いたくなる。
4)・・・で、もう1つ気づいたこと。
それは20年前の図面を元に、赤道の入口の距離を測ってもらった時、元になる起点の1つがうちの離れの軒下のコンクリの角だったことだ。
つまり、もし今後「離れ」の家が壊れても、あそこのコンクリだけは決して崩してはいけないなと、固く心に刻んだ。
しかし、ちょっとヤバかったのは、ちょうど職員さんらと周囲の話をしていた時に
「このへんの人、うるさいから知られたくないんですよ」と小声でしゃべっていたのだけど、気が付くと隣の畑にK婆が潜んでいたので、内心「げっ!」
あれもうるさい婆なんだよなあ(初登場)また言いふらされるかもと心配になった。
なにせわざわざうちの近所トラブル相手の夫婦に告げ口をするというスパイみたいな婆なんだよね。
なので、注意すべき婆の一人。
まあ、別にこっちも悪いことしてるわけじゃないけども、なんか監視されているみたいだからイヤだ。
全く周りに面倒な人ばかりいて困るわ。ちょっと変化があると、すぐに何か言ってくるから超ウザイ。
まあ、田舎はそういうもんかもしれないけど、これが助け合いのことならいいけど、足の引っ張り合いだとウンザリ(-_-;)
・・・・・・・・・・
ちなみに、今回やってきたこの土木総務課のSさん、驚くことに実は20年前のここの測量時にもいたんだそうで。
実際は当時は赤道は県の管轄だったし、たくさんの案件があるから当時のことも詳しくは覚えていなかっただろうけど、市役所から立ち合いの一人として出たらしい。
それをSさんの口から聞いて「やっぱりかー」って思った。
というのも、実は亡き父の簡素な「赤道に関するメモ」に書いてあった市役所職員の名前がSさんだったから。
電話をもらった時に姓を聞いて「まさか同じ人じゃないよなあ?」と思っていたら、本当にその「まさか」だったのはびっくりだ。
Sさんは20年前にも土木課で、その後あちこち部署を異動していて、また今20年後に土木に戻ってきたそうで、なんてタイミングがいいんだろうって思った。
それを告げたら、もう一人の職員さんも驚いていたみたい。
(大体「20年前」って言っても、当時はうちも両親が立ち会っていたし、私はたぶん仕事中で何も知らされてなかったんだよね)
そのよしみか、Sさんは「また(ここの赤道のことで)問題があったら、僕に相談してください」って言ってくれて、(まずそんなことのないようには祈るけど)、そう言っていただいたので少し心強く思った。
ありがとうございます<(_ _)>
そのSさんは帰り際、赤道付近のうちの入口の幅が広いのに目を留めて「ここ昔は車が入ってたんですか?」と聞いたので、さすがと思いつつ「はい」と頷いた。
「昔の軽トラックや軽自動車は小型だったから、ギリギリ赤道も通れて、庭まで車が入って来れたんです」
「今は車はどちらに?」と問われて、
「父が亡くなる前に、ちょうど裏の家の相続があって、その時父が頼んで土地を買って、そこへ置いています。だから、父の『置き土産』なんです(T_T)」と答えた。
そうなのだ。こんな厄介な「元々」袋地で、隣人も厄介な人が多いけど
亡き父がずっと頑張って守ってきた家だから、なかなか簡単には手放せない。
それに、裏の土地の代償も大きかったしね。(それはまた別の話)
しかし、一方で「こんな小さな土地のことで何を争ってるんだか」と客観的に見る自分もいる。
きっとお互いの利害と意地と想いがあるから、どこでもトラブルは起きるんだね。
そんなわけで、今回たまたま母の散歩に付き添って鋲の先を発見し、仕方なく市役所へ問い合わせたことにより、思いがけず赤道のちゃんとした境や、今まで知らなかった20年前の測量時のことがわかったのは本当によかったと思う。
20年前と同じ職員さんにも当たったし。
情報を得るということは武器になる。
これはきっとグッドタイミングだったのだろうなと思った。
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