体調のこととか、思い出とか
大学1年だったか?
夏休み中、某スーパーで働いた。
(今はもうそのスーパーはない。あっても吸収合併で違う)
バイトを探して広告をみつけ
TELをしたのだが・・・
「んじゃ、履歴書持参で30分後に来いやー」と言われ、ギョッ
「えー!写真なんてありませんよー」というと
「てきとーでえーの。小さいのでいいから」というので
なんなんだ、この店長は・・・と思い
「案外いい加減なんですね」とつぶやくと
「どーせ、本人が来るんだから、えーだろーが」というので、不安がよぎった。
あーいうチェーン店だから固いと思ったけど、ヘンな店長だなあ~、大丈夫かな~と。
そして面接と適性試験にて、彼の人柄に触れた。
私は計算が苦手で、適性試験も苦手なので
「あのー、これ、できなかったら不採用ですか?」と聞くと
「安心しろ!オレはキ○ガイ以外採用するつもりだ」
彼は器の大きい人間だったのだ。
そんなわけで
「おめでとう!君がバイト1号だ!」
「君を名誉ある店長つきにしてやろう」(なんのことはない雑用係)
ということになった。
つづく
夏休み中、某スーパーで働いた。
(今はもうそのスーパーはない。あっても吸収合併で違う)
バイトを探して広告をみつけ
TELをしたのだが・・・
「んじゃ、履歴書持参で30分後に来いやー」と言われ、ギョッ
「えー!写真なんてありませんよー」というと
「てきとーでえーの。小さいのでいいから」というので
なんなんだ、この店長は・・・と思い
「案外いい加減なんですね」とつぶやくと
「どーせ、本人が来るんだから、えーだろーが」というので、不安がよぎった。
あーいうチェーン店だから固いと思ったけど、ヘンな店長だなあ~、大丈夫かな~と。
そして面接と適性試験にて、彼の人柄に触れた。
私は計算が苦手で、適性試験も苦手なので
「あのー、これ、できなかったら不採用ですか?」と聞くと
「安心しろ!オレはキ○ガイ以外採用するつもりだ」
彼は器の大きい人間だったのだ。
そんなわけで
「おめでとう!君がバイト1号だ!」
「君を名誉ある店長つきにしてやろう」(なんのことはない雑用係)
ということになった。
つづく
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【退職後に急変してしまったお爺さん】
この方は、私がまだ1番の下っ端の頃のお客さん。
(時期的には、第1回の「番外編のお婆さん」と同じなんだけど)
私が赴任する前からの、職場の常連客のような人だった。
お爺さんは、職場近くの製菓会社に長く勤めていたらしい。
おそらく正社員でずっと働いてきて、
高齢になってからはアルバイトで引き続き、同じ会社で働いていたようだ。
そのお爺さんの楽しみは、毎月のお給料日。
給与も年金と同じで、一般的には決まった日に自動的に通帳に振り込まれるものだけど
高齢者の人は大抵(昔の現金で渡される時代のせいか)
私たちがお金を入れると思っているみたいで
「通帳に年金入れて」とか「給料入れて」とか言ってくる。
記帳しなくても、もう入っているのになあと思いつつ、
私たちは「はい、どうぞ。入ってますよ」と印字したページを見せる。
そうすると、満足そうにお客さんは確認して必要なお金を出金する。
だから、そのお爺さんも毎月「給料入っとるか?」と言いながら、やってきては
「いくら入っとる?」と聞くので、「○○円ですよ」と答えると
「そうか!」と嬉しそうにお給料を引き出していた。
ちなみに、そのお爺さんは一人暮らしだったようで。
家族の話も一度も聞いたことがなくて。
でも、毎回来るたびに、ロビーに長く居座って一人でよくしゃべっていた。
たまによく理解できない内容もあって、私たちは相槌を打つことが多かったけども
思い出すのは、よくニコニコと楽しそうに笑っているお爺さんの顔だった。
そして、たまに(目標となっている)サービスをお願いして利用してくれた時には
お爺さんにささやかなお礼(粗品)を渡していたんだけども
お爺さんが喜んでいたのは、1個の固形石鹸だった。
実は、今だったらなんでもきちんと決まり事があって難しいが
昔はかなりアバウトでローカルルールが通っていたから
粗品が足らなかったり、家に何か使えそうなものがあったら
職場にもってきていたことがあったり。(もちろん未使用品)
話せば長くなるので省略するが
その時渡していた石鹸は、私の家にたくさん余っていたものだった。
(バザーに出してもいたけど、まだ余裕であった)
そして、他の粗品よりもお爺さんは「この石鹸が1番ええわ」と言って喜んでいたから、きっと「石鹸を買わなくてすむからいいのかな」と思っていた。
そういう賑やかなお爺さんとつきあって、数年たった頃だろうか。
ある時、お爺さんから「もうすぐ退職する」ということを聞いた。
会社のほうから言ってきたのか、それとも契約期間が切れたのか
自分から言いだしたのか、そのあたりはわからないけれども
少なくとも、その話をしていたお爺さんは決してがっかりしたような雰囲気ではなかった。
いつも通り明るかったから、きっと仕事を全うするんだなと思っていた。
その反面、じゃあ、もうお給料が通帳に入らなくなるから
お給料日にお爺さんも来ないんだなと思った。
ところが、である。
お爺さんは退職した後も、職場のロビーにたびたび現れた。
そうして、ソファに座って一人べらべらとしゃべっている。
最初は、時間の過ごし方が変わったし、話し相手が欲しいのかなと思っていた。
でも、段々とおかしくなっていった。
(あと、少し臭いもするようになったかも)
まず、なんか管を巻くようなものの言い方になってきて
それから営業時間が終わり近くになってもなかなか帰ることをせず、ロビーに居座るようになった。
「もう帰ったらどうか」と上司が言っても、聞き入れない。
そのうち、お爺さんは自分で帰らず「迎えに来させる」と言いだす。
誰に迎えに来させるかって、それが(今まで自分が勤めていた)製菓会社の人に。
そうして、「会社に電話をかけてくれ」と、私たちに言いだした。
「金をやるから迎えに来いって言ったら、すぐに来るわ」
「迎えに来るまで帰らへん」とそう言い張るのだ。
私たちはほとほと困ってしまったが
上司が許可したので、その会社に電話をすることにした。
はたして、対応してくれるのかどうか。
普通に考えたら、退職した人のことなど、ここまで面倒をみれるはずがない。
しかも、「迎えに来い」などと言う人物に、会社が快く応じることはできはしないだろう。
しかし、製菓会社の奥さんは、「迎えに行きます」と言ってくれた。
そこの会社は給与預入もしてくれていたので、奥さんにも毎月お世話になっていたのだけど(だから、たまには私たちもお菓子を買っていた)
まさか、そこまでお爺さんの面倒を見てくれるとは思いもよらず、ある意味感心した。
たぶん、長年働いてくれたお爺さんを無碍にできなかったのかもしれない。
そうして、奥さんはお爺さんを迎えに来て
「どうもすみませんねえ」と頭を下げて、連れて行った。
しかし、お爺さんは
「ほれみろ!金をやると言ったら、すぐに迎えにきたやろ!」と
まるで金欲しさのために迎えに来たと思っているようなことを言っていたのだ。
そんなことが何度も続き、あまりお爺さんがダダをこねるので、
一度上司が「そんなワガママ言うたらアカン!!」と一喝。
すると、お爺さんはまるで子供のようにシュンとして「はぁ~い」と返事をした。
そんなことも記憶に残っている。
それからどうなったのか、
いつのまにかお爺さんは来なくなって。
平穏な日が続いていたある日
おじいさんの消息を知ったのは1本の電話だった。
どういう関係かしらないが、血縁者らしい人からの電話を上司が取った。
なんでも「亡くなったから、お金のことはそちらのほうがよく知っているだろう」とかなんとか。
いくらなんでも、電話でどこの誰ともわからない人には詳細は教えられず
よほど相手の口調が気に入らなかったのか
上司はかなり愛想のない返事をして電話を切っていたけれども。
そうか・・・
あのお爺さん、死んでしまったのか・・・と、その時知った。
退職してからの、お爺さんのあの変わりようは本当に驚くほどだった。
数か月なんだけど、あっという間という言葉がぴったりな感じで。
きっと、環境の変化についていけなかったのかもしれないけども
張り合いがなくなると、あんなに変わってしまうんだ。
あのまま働いていたら、変わらなかったのかなあ。
あんなにお給料を楽しみにしていたのに・・・と、ひどく残念に思った。
~認知症予防に力を入れたり、介護サービスを利用できる今の時代だったら、
もう少しお爺さんの変化は穏やかで、もう少しは長生きできたかもしれないなあ~
この方は、私がまだ1番の下っ端の頃のお客さん。
(時期的には、第1回の「番外編のお婆さん」と同じなんだけど)
私が赴任する前からの、職場の常連客のような人だった。
お爺さんは、職場近くの製菓会社に長く勤めていたらしい。
おそらく正社員でずっと働いてきて、
高齢になってからはアルバイトで引き続き、同じ会社で働いていたようだ。
そのお爺さんの楽しみは、毎月のお給料日。
給与も年金と同じで、一般的には決まった日に自動的に通帳に振り込まれるものだけど
高齢者の人は大抵(昔の現金で渡される時代のせいか)
私たちがお金を入れると思っているみたいで
「通帳に年金入れて」とか「給料入れて」とか言ってくる。
記帳しなくても、もう入っているのになあと思いつつ、
私たちは「はい、どうぞ。入ってますよ」と印字したページを見せる。
そうすると、満足そうにお客さんは確認して必要なお金を出金する。
だから、そのお爺さんも毎月「給料入っとるか?」と言いながら、やってきては
「いくら入っとる?」と聞くので、「○○円ですよ」と答えると
「そうか!」と嬉しそうにお給料を引き出していた。
ちなみに、そのお爺さんは一人暮らしだったようで。
家族の話も一度も聞いたことがなくて。
でも、毎回来るたびに、ロビーに長く居座って一人でよくしゃべっていた。
たまによく理解できない内容もあって、私たちは相槌を打つことが多かったけども
思い出すのは、よくニコニコと楽しそうに笑っているお爺さんの顔だった。
そして、たまに(目標となっている)サービスをお願いして利用してくれた時には
お爺さんにささやかなお礼(粗品)を渡していたんだけども
お爺さんが喜んでいたのは、1個の固形石鹸だった。
実は、今だったらなんでもきちんと決まり事があって難しいが
昔はかなりアバウトでローカルルールが通っていたから
粗品が足らなかったり、家に何か使えそうなものがあったら
職場にもってきていたことがあったり。(もちろん未使用品)
話せば長くなるので省略するが
その時渡していた石鹸は、私の家にたくさん余っていたものだった。
(バザーに出してもいたけど、まだ余裕であった)
そして、他の粗品よりもお爺さんは「この石鹸が1番ええわ」と言って喜んでいたから、きっと「石鹸を買わなくてすむからいいのかな」と思っていた。
そういう賑やかなお爺さんとつきあって、数年たった頃だろうか。
ある時、お爺さんから「もうすぐ退職する」ということを聞いた。
会社のほうから言ってきたのか、それとも契約期間が切れたのか
自分から言いだしたのか、そのあたりはわからないけれども
少なくとも、その話をしていたお爺さんは決してがっかりしたような雰囲気ではなかった。
いつも通り明るかったから、きっと仕事を全うするんだなと思っていた。
その反面、じゃあ、もうお給料が通帳に入らなくなるから
お給料日にお爺さんも来ないんだなと思った。
ところが、である。
お爺さんは退職した後も、職場のロビーにたびたび現れた。
そうして、ソファに座って一人べらべらとしゃべっている。
最初は、時間の過ごし方が変わったし、話し相手が欲しいのかなと思っていた。
でも、段々とおかしくなっていった。
(あと、少し臭いもするようになったかも)
まず、なんか管を巻くようなものの言い方になってきて
それから営業時間が終わり近くになってもなかなか帰ることをせず、ロビーに居座るようになった。
「もう帰ったらどうか」と上司が言っても、聞き入れない。
そのうち、お爺さんは自分で帰らず「迎えに来させる」と言いだす。
誰に迎えに来させるかって、それが(今まで自分が勤めていた)製菓会社の人に。
そうして、「会社に電話をかけてくれ」と、私たちに言いだした。
「金をやるから迎えに来いって言ったら、すぐに来るわ」
「迎えに来るまで帰らへん」とそう言い張るのだ。
私たちはほとほと困ってしまったが
上司が許可したので、その会社に電話をすることにした。
はたして、対応してくれるのかどうか。
普通に考えたら、退職した人のことなど、ここまで面倒をみれるはずがない。
しかも、「迎えに来い」などと言う人物に、会社が快く応じることはできはしないだろう。
しかし、製菓会社の奥さんは、「迎えに行きます」と言ってくれた。
そこの会社は給与預入もしてくれていたので、奥さんにも毎月お世話になっていたのだけど(だから、たまには私たちもお菓子を買っていた)
まさか、そこまでお爺さんの面倒を見てくれるとは思いもよらず、ある意味感心した。
たぶん、長年働いてくれたお爺さんを無碍にできなかったのかもしれない。
そうして、奥さんはお爺さんを迎えに来て
「どうもすみませんねえ」と頭を下げて、連れて行った。
しかし、お爺さんは
「ほれみろ!金をやると言ったら、すぐに迎えにきたやろ!」と
まるで金欲しさのために迎えに来たと思っているようなことを言っていたのだ。
そんなことが何度も続き、あまりお爺さんがダダをこねるので、
一度上司が「そんなワガママ言うたらアカン!!」と一喝。
すると、お爺さんはまるで子供のようにシュンとして「はぁ~い」と返事をした。
そんなことも記憶に残っている。
それからどうなったのか、
いつのまにかお爺さんは来なくなって。
平穏な日が続いていたある日
おじいさんの消息を知ったのは1本の電話だった。
どういう関係かしらないが、血縁者らしい人からの電話を上司が取った。
なんでも「亡くなったから、お金のことはそちらのほうがよく知っているだろう」とかなんとか。
いくらなんでも、電話でどこの誰ともわからない人には詳細は教えられず
よほど相手の口調が気に入らなかったのか
上司はかなり愛想のない返事をして電話を切っていたけれども。
そうか・・・
あのお爺さん、死んでしまったのか・・・と、その時知った。
退職してからの、お爺さんのあの変わりようは本当に驚くほどだった。
数か月なんだけど、あっという間という言葉がぴったりな感じで。
きっと、環境の変化についていけなかったのかもしれないけども
張り合いがなくなると、あんなに変わってしまうんだ。
あのまま働いていたら、変わらなかったのかなあ。
あんなにお給料を楽しみにしていたのに・・・と、ひどく残念に思った。
~認知症予防に力を入れたり、介護サービスを利用できる今の時代だったら、
もう少しお爺さんの変化は穏やかで、もう少しは長生きできたかもしれないなあ~
それはかなり昔、友人たちと小さな民宿に泊まった時のことだった。
その民宿にはトイレの個室が2つしかなかった。
(男性用女性用じゃなくて、和式と洋式)
しかも、小さな民宿。
他の宿泊客とかち合うのも気まずかったので、
誰も入っていない時を見計らって、トイレに行かねばならなかった。
ある時、通りがかるとトイレの前にスリッパがあったので、
(誰かが入っているんだな・・・)
と思った。
ところが、その後友人がトイレに行ったのだが、
「誰もいなかったよ」
と戻ってきて、こう言うのだ。
首をかしげながら、私もまたトイレに行った。
ガラツと扉を開けるとたしかに誰もいなかった。
私は何気に片方のトイレに入ったが、
ふと・・・
(それにしたって、スリッパを置いたままトイレを出て行く人っているんだろうか??)
と思い、おそるおそる隣の洋式トイレのノブに手をかけた。
カチャリ・・・
鍵はかかっていなかった。
んが、それ以上開けようとしたら、
「いや・・・」
とその手を止められたのだ。
誰って・・・中に入っているおじいさんに。
私は慌ててトイレを飛び出したが、
部屋に戻ってこのことを話すと
友人たちは散々囃したてた。
それはそれで悲しかったが、一言言いたかった。
(どーでもいーけど、トイレに入る時は鍵かけろよ、じーさん!)
他の学校はしらないけれど、学校でお昼休みに放送しているところがあると思います。
でも、一番記憶に残っているのは小学生の頃です。
といっても、放送委員がDJのようにしゃべるのではなくて、音楽を流したり、昔話のテープを流したりするだけのもの。
歌も歌謡曲じゃなくて、NHKの「みんなの歌」で流しているようなものですね。(でも妙な歌が多かった記憶が)
昔話も、まあ「日本昔話」とか「ふるさと昔話」とかあるんですけど、数がないのか、それが毎週隔週同じっていうぐらい繰り返されるので、はっきり言って覚えちゃうぐらいでした。(ヒアリング学習?)
それはともかく、私が気になっているのは「ふるさと昔話」の方です。
これがね、なんだかよく分からないんだけどみんな話が怖かったんですよ。
OPの音楽も寂しい感じでした。
今でも覚えているのは、「鬼の片腕」と「梅若丸」という話。(知ってますか?)
『鬼の片腕』は、あの大江山の鬼退治にまつわる話です。
源頼光とともに鬼退治に向かった渡辺綱が主人公で、鬼と戦っている時に「鬼の片腕」を切り落とすんですね。
で、鬼は「○○までに、その腕を取り戻してやる!」とか捨て台詞を吐いて姿を消します。
その後、渡辺綱はその「鬼の片腕」を奪われないように屋敷にこもります。
数日は何事もなく日が過ぎていったのですが、期限の最後の日に、なんと郷里で暮らしていた母親が尋ねてくるのです。
そして「噂の鬼の腕を見せて欲しい」と頼むのですが、綱はガンとして首を縦に振りません。
しかし、母親は「せっかく来たのに・・・」とか
「老いぼれた母親にも見せてはくれないのかえ」と
オイオイと泣き落としをはじめます。(この辺り、ドキドキしながら聴いてます)
しかし、さすがの綱もついに折れて、保管していた『鬼の腕』を母親に見せます。
「おお、これが鬼の片腕なのかい」
そう言って、母親が手に取った瞬間!
母親の皮をかぶっていた鬼が突然正体を現し、
ものすごい迫力のある音楽と鬼の笑い声が教室中に響くのです。
「ア~ハハハハ・・・・!!とうとう腕を取り戻したぞ、渡辺綱!!!」
もう、その声が怖くて怖くて・・・(T_T)
しかも、かなり長い間笑い声が響いてて・・・
箸を運ぶことさえ忘れそうでした。それが毎回放送されてたんですよね・・・。
母親の正体知ってても、超怖かったです。心臓に悪いって言うか。
もう一つが「梅若丸」なんですが、これもなんか救いがなかったですね・・・。
梅若丸という少年が、人買いにだまされて連れてかれてしまうんですが、
隅田川の渡りのところで病気になってしまうんです。
しかし、無常にも人買いは梅若丸を捨ててしまいます。
結局、梅若丸の病気は治らず、儚くも亡くなってしまうのです。
折りしも母親が梅若丸を探していました。
と、その時、遠くからお経が聞こえてくるのです。(なんまいだ~なんまいだ~)
見ると誰かの供養をしている様子。
「まさか」と思った母親は人々に名前を尋ねます。
「ああ?たしか・・・梅なんとか・・・と言ったな。そうそう梅若丸っていったけな」
「!!! おおっ、梅若!!」
母親は悲しみのあまり泣き叫びます。
「梅若!! 梅若!! 梅若~~~~っ!!!」
これまた教室に響き渡ります。
これを給食の時間に聞いていたのですが、めっちゃ暗い気分になりました(^_^;)
今だったらなんか親からクレームつきそうだけど、昔だし田舎だからね。
ちなみに今回載せるために「梅若丸」を検索してみましたら、ちゃんと出てきました(苦笑)
東京の方はご存知だと思いますが、墨田区の木母寺に伝わる「梅若権現御縁起」というお話だそうです。
悲話として有名で、謡曲や浄瑠璃の題材になってるそうな。
いや、知らなかったなあ。勉強になったけど、でも小学生にはちょっとな・・・
と思った話です。
でも、一番記憶に残っているのは小学生の頃です。
といっても、放送委員がDJのようにしゃべるのではなくて、音楽を流したり、昔話のテープを流したりするだけのもの。
歌も歌謡曲じゃなくて、NHKの「みんなの歌」で流しているようなものですね。(でも妙な歌が多かった記憶が)
昔話も、まあ「日本昔話」とか「ふるさと昔話」とかあるんですけど、数がないのか、それが毎週隔週同じっていうぐらい繰り返されるので、はっきり言って覚えちゃうぐらいでした。(ヒアリング学習?)
それはともかく、私が気になっているのは「ふるさと昔話」の方です。
これがね、なんだかよく分からないんだけどみんな話が怖かったんですよ。
OPの音楽も寂しい感じでした。
今でも覚えているのは、「鬼の片腕」と「梅若丸」という話。(知ってますか?)
『鬼の片腕』は、あの大江山の鬼退治にまつわる話です。
源頼光とともに鬼退治に向かった渡辺綱が主人公で、鬼と戦っている時に「鬼の片腕」を切り落とすんですね。
で、鬼は「○○までに、その腕を取り戻してやる!」とか捨て台詞を吐いて姿を消します。
その後、渡辺綱はその「鬼の片腕」を奪われないように屋敷にこもります。
数日は何事もなく日が過ぎていったのですが、期限の最後の日に、なんと郷里で暮らしていた母親が尋ねてくるのです。
そして「噂の鬼の腕を見せて欲しい」と頼むのですが、綱はガンとして首を縦に振りません。
しかし、母親は「せっかく来たのに・・・」とか
「老いぼれた母親にも見せてはくれないのかえ」と
オイオイと泣き落としをはじめます。(この辺り、ドキドキしながら聴いてます)
しかし、さすがの綱もついに折れて、保管していた『鬼の腕』を母親に見せます。
「おお、これが鬼の片腕なのかい」
そう言って、母親が手に取った瞬間!
母親の皮をかぶっていた鬼が突然正体を現し、
ものすごい迫力のある音楽と鬼の笑い声が教室中に響くのです。
「ア~ハハハハ・・・・!!とうとう腕を取り戻したぞ、渡辺綱!!!」
もう、その声が怖くて怖くて・・・(T_T)
しかも、かなり長い間笑い声が響いてて・・・
箸を運ぶことさえ忘れそうでした。それが毎回放送されてたんですよね・・・。
母親の正体知ってても、超怖かったです。心臓に悪いって言うか。
もう一つが「梅若丸」なんですが、これもなんか救いがなかったですね・・・。
梅若丸という少年が、人買いにだまされて連れてかれてしまうんですが、
隅田川の渡りのところで病気になってしまうんです。
しかし、無常にも人買いは梅若丸を捨ててしまいます。
結局、梅若丸の病気は治らず、儚くも亡くなってしまうのです。
折りしも母親が梅若丸を探していました。
と、その時、遠くからお経が聞こえてくるのです。(なんまいだ~なんまいだ~)
見ると誰かの供養をしている様子。
「まさか」と思った母親は人々に名前を尋ねます。
「ああ?たしか・・・梅なんとか・・・と言ったな。そうそう梅若丸っていったけな」
「!!! おおっ、梅若!!」
母親は悲しみのあまり泣き叫びます。
「梅若!! 梅若!! 梅若~~~~っ!!!」
これまた教室に響き渡ります。
これを給食の時間に聞いていたのですが、めっちゃ暗い気分になりました(^_^;)
今だったらなんか親からクレームつきそうだけど、昔だし田舎だからね。
ちなみに今回載せるために「梅若丸」を検索してみましたら、ちゃんと出てきました(苦笑)
東京の方はご存知だと思いますが、墨田区の木母寺に伝わる「梅若権現御縁起」というお話だそうです。
悲話として有名で、謡曲や浄瑠璃の題材になってるそうな。
いや、知らなかったなあ。勉強になったけど、でも小学生にはちょっとな・・・
と思った話です。
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